会社沿革

宝塚本社・工場                            神崎工場              

 

1916 大正5年

松田栄治郎大阪市東淀川区本庄町に於いて松田鉄工所開設。化学用ポンプ並びに製紙機械の製作に着手。

 

1929 昭和4年

大阪市西淀川区浦江北4丁目に増築移転を行い化学用ポンプ並びに揚水ポンプ(主として渦巻型)の製造設備拡充を行う。

 

1935 昭和10年

化学用竪型グランドレスポンプの製造に成功し、三菱金属鉱業直島製錬所殿へ亜鉛製錬用ポンプ36台を始め他社へも多数納入する。

 

1937 昭和12年

化学用横型グランドレスポンプ並びにゼット式渦巻ポンプの実用新案登録を受け、住友金属鉱山(株)に於いてニッケル製錬用として多数納入する。

 

1940 昭和15年

海軍監督工場に指定され海軍火薬廠へ硝酸製造装置並びに硝酸用化学ポンプを多数納入する。

 

1945 昭和20年6月

大阪浦江工場戦災にて全焼し、現在の宝塚市逆瀬川へ移転する。

 

1947 昭和22年4月

株式会社組織に改組し、松田栄治郎社長に就任、耐酸ポンプの製造を再開する。戦前は主として耐蝕材料は高硅素鋳鉄、硬鉛、ステンレス(Ni8-Cr18)を使用する化学用ポンプの製造を行っていましたが、戦後は上記の他、ゴムライニング製(天然並合成ゴム等)並びに塩化ビニール製ポンプも開発し、更にステンレスポンプの材質はハイニッケル合金に至るまで多種類に及んでいます。

 

1964 昭和39年10月

松田栄治郎、代表取締役を辞任し取締役会長となり、松田栄一代表取締役となる。

 

1968 昭和43年5月

松田栄治郎、各種化学薬液に対応する耐酸ポンプの開発に貢献した功績により黄綬褒章を受賞する。

 

1969 昭和44年6月

松田ポンプ製作所東京連絡所を開設する。のち東京営業所と改称する。

 

1972 昭和47年5月

主として排煙脱硫装置用として耐酸・耐摩耗にすぐれているパイロメット合金を開発する。(パイロメット11、パイロメット26)

 

1974 昭和49年11月

松田栄治郎、前記の技術開発を更に推進し産業の発展に貢献した功績により、勲五等瑞宝章を受賞。

 

1975 昭和50年9月

松田ポンプ製作所小倉営業所を開設する。

 

1976 昭和51年1月

松田ポンプ製作所営業部門を分離し、新たに松田ポンプエンジニアリング株式会社として独立発足する。

松田栄一代表取締役に就任する。(兼任)

硫酸製造装置用立軸沈下式ポンプの開発により日本発明振興協会発明大賞を受ける。

 

1977 昭和52年8月

耐食・耐摩耗の材料としてパイロメット30を開発し製造、販売を開始する。

耐摩耗スラリー用として高クローム鋳鉄のパイロン7、パイロン8製のポンプの製造、販売をはじめる。

 

1979 昭和54年9月

松田栄一代表取締役死去の為松田栄治郎及畑中宏計、

代表取締役に就任。

 

1981 昭和56年5月

松田栄治郎、畑中宏計、代表取締役を辞任。

松田文治代表取締役に就任。

(松田ポンプエンジニアリング兼任)

 

1982 昭和57年1月

創業者 松田栄治郎取締役会長死去、93才。

 

1982 昭和57年4月

世界最大の排煙脱硫ポンプを常磐共同火力発電所へ納入開始。

 

1983 昭和58年12月

研究所完成

 

1984 昭和59年2月

アルミ溶湯用セラミックポンプ開発

 

1986 昭和61年9月

創業70周年記念行事。

 

1989 平成元年1月

セラミックポンプ 発明大賞(考案功労賞)受賞

 

1990 平成2年9月

松田文治、代表取締役会長に就任。

松田一登、代表取締役社長に就任。

 

1992 平成4年4月

神崎サマンダ工場第一期工事完成

     (兵庫県神崎郡神河町)

 

1998 平成10年4月

排煙脱硫装置用高効率大型ポンプを開発

 

2001 平成13年4月

排煙脱硫装置用高効率大型ポンプ納入開始

 

2006 平成18年9月

サウジアラビア国向け排煙脱硫装置用高効率大型ポンプ納入

 

2006 平成18年10月

創業90周年記念行事

 

2008   平成20年

バルブレスポンプの高効率化・低騒音化に着手

セラミックポンプ用途拡大(最長床下寸法納入)

竪型自吸式ポンプの開発に着手

 

2009 平成21年

耐摩耗材料による大型化に着手

 

2010 平成22年

排煙脱硫装置用600A・700Aに続いて650Aの開発に着手

 

2016 平成28年

創業100周年記念行事